大阪スタヂアム

■住所:大阪府大阪市浪速区難波中2-8-110
■オープン:1950年9月12日
■閉 場 :1998年11月
 (野球場としては1990年)
■収容人数:31379人
(内野席18633人・外野席12746人)
■グラウンド:中堅-115.8m 両翼-91.5m
 内野-クレー舗装 外野-天然芝  

1950年、大阪ミナミのど真ん中に誕生した南海ホークスの本拠地・大阪スタヂアム。一般的には大阪球場という名で親しまれているが正式な名前ではない。オープニングゲームでいきなり動乱を起こし、以後「動乱の球場」というイメージが付いてまわる。両翼88M、中堅115.8Mと狭いこの球場は、本拠地としては88年、野球場としては90年にその使命を終え、その後「なんば大阪球場展示場」としてスタンド、スコアボードを残したまま、グラウンド部分は住宅展示場として使用されたが、1998年11月に取り壊された。

■南海電鉄「なんば」駅中央口・南口直結
■地下鉄御堂筋線「なんば」駅より徒歩3分
■地下鉄千日前線「なんば」駅より徒歩8分
■地下鉄四つ橋線「なんば」駅より徒歩12分
■近鉄「近鉄難波」駅から徒歩10分

大阪・ミナミのど真ん中に位置し、現在は「なんばパークス」という大きな商業施設になっているので迷う事はないだろう。



【出かける前に】

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現在、大阪スタヂアムは完全に取り壊され、その跡地には2003年に大型商業施設「なんばパークス」が誕生した。その中にはこの地に大阪球場というスタジアムが存在した事、南海ホークスという素晴しい球団が躍動していた事を後世に伝える様々な記念品が展示される。 また、屋上にある円形劇場は大阪球場の外野スタンドをイメージして作られている。
 
当時ピッチングプレートとホームベースのあった場所と同じところには「メモリアルピッチングプレート」と「メモリアルホームベース」が埋め込まれている。

 
 
 
 
 
 
 
7階には「南海ホークス・メモリアルギャラリー」と名付けられた展示スペースが設けられ、優勝ペナントやカップ、南海ホークスを支えた名プレイヤーの紹介パネルや縁のある著名人のコメントが展示されていた。 ただ、選手としても監督としても南海の歴史には欠かす事の出来ないはずである野村克也氏に関しては完全に“なかった者”として扱われ、一切触れられていない。本人が辞退したとの話もあるが、南海の歴史を語る上で間違いなく外す事の出来ない人物だけになんとも寂しい限りである。

 
 
 
 
 
前回の訪問から約2年ぶりに訪れた「南海ホークス・メモリアルギャラリー」は「なんばパークス」の拡張二期工事伴い場所を7階から9階に移し、以前よりも趣のあるギャラリーに生まれ変わっていた。 以前はそれなりに展示品は多かったもののギャラリーとは名ばかりで、廊下に沿うように展示されていただけであった。それに対し、新ギャラリーは展示物は減少したものの展示物は新たに作り直したものがほとんどで、以前訪れた人も改めて楽しめる内容となっている。    
 
 
また、庭園には南海ホークスを支えた名選手や水島信司氏の手形入りプレートが展示されている。


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